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暇と退屈の倫理学

2014 9/21
暇と退屈の倫理学
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暇だから生きるのです

暇と退屈

目次

○概要やいきさつ

哲学を専攻されている國分功一郎さん著書。

ミニマリストのブログってあまり更新されないことが多いのですが、
たまたまこの本が紹介されていたので手に取ってみました。

ミニマリストと暇って
セットな気がするし(・◇・)

○キミの好きなモノとはなんだ?

やりたくてもできなかったこととは何だったのか?
それなりに余裕のある国、社会に生きている人達たちは、
その余裕を使って何をしているのだろうか?

テレビで宣伝する番組を見て、
勧める場所に行って金銭と時間を消費する。

さて、「好きなこと」をしているのか?

マスコミや企業から作られた趣味というカタログ

そこには「これが楽しいってことなのですよ」というイメージとともに、
「楽しい」というものをお金と時間を使えば与えて貰える…

本当に願い、「好きなこと」というものが見えずらい。

主体的にやりたいことをまとめあげることがなかなか難しいんだよね(‘A`)

○中二病は普通だったんだ!

人は自分を奮い立たせるもの、
自分を突き動かしてくれる力を欲する。

なのに世間で通用している原理にはそんな力はない。
だから突き動かされている人間を羨ましく思うようになる。

何かに打ち込みたい、
命を賭けてまでも達成したいと思える使命に身を投じたい。

大義のために死ぬことも厭わない過激派や狂信者。

使命の見つからない人にとってはこういう人達は恐ろしくとも羨ましく感じる…

マンガのキャラとかってそういう
使命感を持っているからこそ、
使命などどこにも見当たらない僕らからは魅力的に映るんだろうな…

中二病って倫理学的に当たり前なことなんだ!

何をしてもいいけど何もすることがないという欠落感。

だからこそ人は「打ち込む」と「没頭する」ことを渇望するんだろうな。

○パスカルさんの真理

人間の不幸などというものは、
どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。

部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。

そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。

人間は考える葦である」で有名なパスカル。

退屈と気晴らしについての考察が本当に鋭い!

十分な食い扶持を持っている人なら、そこで満足していればいい。

でも愚かな人間はそれに満足して部屋でゆっくりしていることができない。

だからわざわざ社交に出かけてストレスをため、賭け事に興じてカネを失う…

部屋で一人でいるとそわそわすることが不幸の源泉。

実につまらない理由が不幸に誘っているという考え方は面白い!

○熱中できること、自分をだますこと

欲望の対象とは、何かをしたい、
何かが欲しいと思っているその気持ちが向かう先。

欲望の原因とは、何かをしたい、
何かが欲しいというその欲望を人のなかに引き起こすもの。

例えばウサギ狩りにおいて対象はウサギ。
しかし実際にはその人はウサギが欲しいから狩りをするのではない。

欲している原因は「気を紛らわせてくれる騒ぎ」なのだ。

考えてみるとあらゆることに当てはまり、目からウロコであった。

パスカルさんハンパねぇっす…だが…

日常生活で欲望の対象と原因を
取り違えている人を指摘したくなる。

そんな風にして指摘しているだけの人こそ、もっとも愚か。

人間はつまらない存在で玉突きするだけで十分に気を紛らわせることができる。
なんの目的でそんなことをするのかと言えば、うまくプレーできたことを自慢したいからだ。

これも気晴らしなのだ。

そして「キミは自分がもとめているものを手に入れたとしても幸福にならないよ」
などと、訳知り顔で人に指摘して回るのも同じく気晴らしなのだ。

しかもその人は、先に見た取り違えのことを知ったうえで、
自分はそこに陥っていないと思い込んでいるのだから、
もっとも愚かだとパスカルは言う。

彼の皮肉な真理にちょっぴり腹が立つ 笑

みごとに図星であるからな…

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